大航海時代online La・Fronteraからはじめたクリムの日記
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フランソア・ロロノア
2006-10-31 Tue 02:02
逃げたフランソア.JPG

逃げたフランソア2.JPG
フロンテーラ前まで、フランスの旗NPCだったこの方。

カリブでみかけて、クリックするとこんなこと言いますw


この方のことを調べてみました(/ω\)


― カリブ海の海賊 ―

フランソア=ロロノア


残虐なるバッカニア

1630年ごろから、バッカニアたちはエスパニョラ島の北岸沖にあるトルトゥーガ島を本拠にしていた。そのトルトゥーガで最も悪名高くその残虐さでスペイン人を震撼させたのがフランソア=ロロノアである。彼の本名はジャン=ダヴィド=ノーというが、ロロノアの方がはるかに知られている。ロロノアというのはブルターニュ地方の彼の生地にちなんだ呼び名であった。この地方に貧しく生まれた彼は、西インド諸島に奴隷として連れてこられたときに逃亡し、最終的にはトルトゥーガに居着いた。その海賊行為にともなう残虐さについてこう記述されている。


「どんな相手も、拷問し、白状しないとすぐさま短剣で八つ裂きにし、舌を抜く。それがロロノアの習慣だった。」


「マッチや松明のたぐいで焼いたり、体をばらばらに切り裂く。それも最初は肉、つぎに片手、片腕、片足といった調子だ。ときには頭の周囲をコードで縛り、そこに棒をさしこんで、目玉が飛び出るまでねじりあげることもあった。これはねじり上げと呼ばれる拷問である。」


「相手が白状するのを拒むと、ロロノアはその男の胸を短刀で切り開き、まだピクピク鼓動している心臓を口に入れてしゃぶりながら、白状しない者は誰にでも同じことをするぞと脅した。」


このように、ロロノアの残虐性は常軌を逸しており、彼から離れていく部下も後をたたなかった。

華々しい略奪

ロロノアはスペイン船の襲撃にとどまらず、南米北東部沿岸に沿った町々にも襲撃をおこなった。700人からなるトルトゥーガの海賊を率いて、マラカイボやヒブラルタルで思う限りの掠奪をおこなった。スペイン軍は殺され、捕虜になった人々も繰り返し拷問を受けた。狂気の掠奪をマラカイボでは2週間、ヒブラルタルでは1ヵ月繰り返し、ロロノアは銀貨数十万枚、宝石、奴隷を奪いつくして町を去った。しばらくしてまた町に舞い戻ったロロノアは、町の人々を再び恐怖のどん底に陥れた。そして莫大な代償金をぶんどった。彼はこのような方法で、スペイン人や時にはインディアンの村々を破壊して回った。トルトゥーガへ莫大な財宝を持ち帰り、酒場や売春宿で財宝をばらまくロロノアの狂気めいた豪胆さとその部下たちの豪快な振る舞いにトルトゥーガの海賊たちをはじめとする人々は魅せられた。

因果応報

 そんなバッカニアとして最高の成功を収めたロロノアにも41歳で最期の時が来た。カルタヘナの地でインディアンに捕まって、生きたまま八つ裂きにされたのである。死体は焼かれ、灰は二度と戻ってくるなという願いを込めて風にまかれた。





※下記サイトからです。
http://pozyu.hp.infoseek.co.jp/wol/pica1.htm
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